176)13. 1W グローバルパーソンの「2050年の日本」2025年5月19日 福田復彦

2050年のグローバルな日本人は「心は日本人、知はアメリカ人で、言動は日米の中間位置となる中南米人あたり」でしょう。

前回のblogで書き忘れたことがありますので追加します。アメリカ人は未だに解決できない人種問題や他国に比較して浅い歴史などが心理的コンプレックスになっているのかもしれません。その反動として現在の政治、経済、軍事の世界一強者としての地位を保持しているように思われます。いかなる国もアメリカを追いこすことを許さない。これの放棄は国家の国民に対する責任の放棄であり、大きな屈辱となり、独立以来の国民の夢と希望に水を差すことになり、さらに国の内側から衰退が始まると恐れているのかもしれません。これに対して強く警鐘を鳴らし、”MAGA”で国民を鼓舞させる政策を強行に推進させているのがトランプ大統領なのです。そのような意味において、彼は愛国者であり、強力なリーダーと言えます。

本日の本題に入ります。今まで過去の日本、アメリカやヨーロッパの歴史を見てきましたが、将来の世界各国の情勢が気になります。政治経済の専門誌などが2050年の各国のGDPの予測をしていますが、多少の順位の違いはあるものの、大まかな世界順位は、1位中国、2位インド、3位米国、4位インドネシア、5位ブラジル、6位ロシア、7位メキシコ、日本8位となっています。日本は10位と予測している調査機関もあります。イギリス、ドイツ、フランス、イタリアなどは日本より下位に転落するというのが大方の見方です。

上記の予測が正しいと仮定して、今後我々が目指すべき方向性がはっきりしてきます。昨今アメリカで良く使われる言葉が「今後はChindia(チンディア)である」です。すなわち2050年頃は中国とインドが世界経済の牽引者となり、それにグローバルサウスの国々が続くということです。

逆な見方をすれば日本をはじめ現在のG7はアメリカを除いて世界各国から魅力のない国々と看做されることになります。例えばメキシコではバブル期には日本は日が昇る国(El Pais del sol naciente)、「日本に学べ」ともてはやされましたが、今ではほとんどその声は聞かれず、むしろ中国や韓国に注目が集まっています。

ではグローバルパーソンとしてどう生きるかが問題になります。はっきり言って日本をバックにグローバルな活動は無理でしょう。とすれば今の内から将来有望な国を拠点として、2050年の経済大国の間を股に活動する準備をすることでしょう。

その準備の一つとしてこのblogを読んでいただければ幸いです。エリン・メーヤー氏の著書”The Culture Map”を参考にすれば2050年の日本人は「心は日本人、知はアメリカ人で、言動は日米の中間位置となる中南米人あたり」と言うことです。

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世界一強者 #各国のGDP予測 #世界順位 #経済大国

175)13. 1Vローバルパーソンの「ヨーロッパとアメリカ」2025年5月17日 福田復彦

1-1

アメリカの歴史は先住民の存在を否定したところから始まっています。

中南米諸国が先住民族との血の繋がりにアイデンティティを求めているのにたいして、アメリカにはそのような考えは伝統的にないようです。最初に移民して来たイギリス人は土地を求めて西部を開拓し植民地化を推進するために先住民の土地を奪い、奴隷化し、抵抗するものは虐殺しました。その後、彼らを保護するという名目で居留地に押し込めました。つまり移住者たち侵略者として先住民たちの歴史を否定し遮断し、全く新たな歴史の国をこの「新大陸」で作り上げてきました。作り上げるに必要な労働力が不足すれば、アフリカから何の罪もない黒人を輸入して奴隷として働かせ国の基礎を固めて行きました。

筆者には黒人の知人もいましたが、彼らの過去から現在までの気持ちを聞いたことはありません。理由はあまりにもデリケートすぎるからでした。しかし奴隷制度については、アメリカ政府は良心の呵責の代償として、法的に黒人に対して謝罪の気持ちを表し多の人々と平等に扱っています。

一方、友人のアメリカ人女性が「貴方が日本人だから打ち明けるけれど、私の祖母は先住民でそれが恥ずかしい」と漏らしたことがありました。見た目はチョッと東洋系雰囲気があるなと思うだけで、気にも留めていませんでした。彼女は有名な大学で教育を受け、政府機関の代表として世界中を飛び回る華やかな生活を送っていまました。しかしアメリカの中心はやはりWASPであり、それ以外の人々には我々日本人が知りえない根深い問題、例えば父無し子、があることに気付きました。

アメリカ人が自らのアイデンティティを認識したのは何時ごろかはっきりわかりません。イギリスからの独立は1776年ですが、それは東部の小さな13州のみで、この時それを意識したのは独立運動に掛かわったわずかな人々だけでしょう。

ある時外国人達との間で武士道とヨーロッパの騎士道が話題になり話が盛り上がりました。黙って聞いていたアメリカ人が「ごめんなさい。我々の歴史は”poor”ですから」と少し残念そうに口をはさみました。無論アメリカには武士道も騎士道も存在しません。ある意味では騎士道を基盤とした封建的な社会組織を否定した人たちがアメリカに移民したと言えるかもしれません。

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先住民 #植民地 #奴隷 #黒人 #WASP #独立 #騎士道 #封建的

174)13. 1Uローバルパーソンの「ヨーロッパとアメリカ」2025年5月16日 福田復彦

1.

中南米では先住民の中に自分たちのアイデンティティを探っています。

次にヨーロッパとアメリカの関係を見て行きたいと思います。ヨーロッパはアメリカを精神文化が欠如した成金国家と見ている節があります。またアメリカ人たちも昔の母国であり古い歴史と伝統、確立された文化にはいくら金銭をもってしも絶対に勝てないコンプレックスを抱いています。

アメリカの物質的優越感に対して精神性優越性でヨーロッパ人たちは「報」を通じて二元論方式を採用して、常にアメリカを自分たちの外にある対象物として看做しています。また自分たちにとって有利である事柄を選択して是々非々でアメリカと付き合っています。そこにアメリカに「誠」を尽くして一元化している日本が真似できない大きな違いが存在します。

アメリカの決定的な弱点は歴史が浅いことです。日本人、ヨーロッパ人、中国人などがコロンブスアメリカに到達した1491年以前の歴史を語り始めると彼等には別世界の話で理解できず精神的不安定感の惨めさが顔に現れます。また封建制度の話などは普通のアメリカ人には理解できないことがよくあります。

アメリカ大陸の宗主国であったイギリスやスペインと比較しますと、ロンドンやマドリードが持つある種の重厚な雰囲気はアメリカやスペインの旧植民地の国々の首都には追い越せない何かが存在します。それが「歴史の重み」であり「文化の貫禄」かもしれません。

このような重みの重要性、つまり人間のルーツ、に気付き始めた中南米の国々では自分たちのもう一方の先祖であったスペイン人が虐待して歴史から消そうとした先住民民族の中に自分たちの歴史を見出し、それをアイデンティティとして誇りに思うようになりました。

先住民文化は現代でも広く使われています。例えばメキシコ料理のトルティジャは今のメキシコ人にとっては欠かせない主食です。メキシコ料理と言えば先住民民族料理と言っても決して過言ではありません。言語ではペルーでも先住民の「ケチュア」はスペイン語と並んで公式言語です。またパラグアイではスペイン語より「グアラニ」のほうが広く使用されています。

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中南米 #先住民 #成金国家 #旧植民地 #スペイン人 #歴史

 

173)13. 1Tグローバルパーソンの「アメリカを追い越せ」2025年5月15日 福田復彦

1-1

バブルで傲慢になった日本を潰したのは、日本にはない欧米の共通の「何かが」強く働いたのかもしれません。

19世紀後半からのアメリカの活動は目覚ましいものがありました。昨日もお話しした如く、太平洋への進出を阻むメキシコ領を武力によって収奪し建国以来の国是でアメリカ大陸の東から西までを領土としました。また多くの移民の流入でハングリー精神が旺盛になり、プロテスタンティズムの天職に支えられた合理的精神、豊富な天然資源などの活用でアメリカは飛躍的に国力を発展させました。

これを阻もうとしたのが日本で、「追いつけ追い越せ」の伝統的な精神で対抗できると信じ太平洋戦争に突入しました。

その結果日本の国土は焦土と化し、膨大な犠牲者、物質的損害を被る敗戦の憂き目にあいました。終戦後の1945年から戦勝国に「追いつけ追い越せ」平和国家再建を目指しました。この時の目標はアメリカでした。目標と言うより「羨望」と言っても良いかもしれません。アメリカ人の中流家庭を描いた漫画「ブロンディ」の生活が示す大型の冷蔵庫をはじめ数々の電化製品、金ぴかの大型自家用車、夫婦と子供2人が住むには十分すぎる大きな家、分厚いビーフステーキなど、まさに日本人にとっては夢また夢の生活でした。

日本の国家再建にはアメリカから膨大な援助と指導を受け、再び「追いつけ追い越せ」精神で昼夜厭わず休暇も取らず、過労死も厭わず、刻苦勉励した結果アメリカに次ぐ世界第二位の経済大国にのし上がりました。「すべてを追い越した」もはやほしいものは全て手中にあると実態の乏しい幻想的なバブル経済を背景に日本人は世界中に得意満面で実力を誇示しました。

「日本には金も技術も何でもある。もはや他国から学ぶものは何もない。貴国は日本から何が欲しいのだ」と日本のリーダーたちがいわゆる「ドヤ顔」で世界のあちこちで吹きまくっていました。

しかし当時のアメリカの貿易赤字解消のためのG5(米国、日本、イギリス、西ドイツ、フランス)の蔵相会議でプラサ合意がなされドル安円高となり、日本の輸出額が大幅に減少し、バブル経済が破綻しました。G5の内日本を除く4ヶ国は戦前の列強国で戦後に急激に世界第二位の経済大国のし上がった日本が持たない欧米文明を基盤とする彼ら共通の「何か」が日本に対して強力に働いたのかもしれません。

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ハングリー精神#太平洋戦争 #平和国家 #バブル経済 #G5

172)13. 1Sグローバルパーソンの「アメリカを追い越せ」2025年5月14日 福田復彦

1-1

日本は欧米の帝国主義的侵略に脅威を抱き富国強兵を急ぎました。

昨日のblogでお話ししたように、ヨーロッパの諸国間で国際化が進展する状況下で、1854年の日本の開国がたとえ偶然であったとしても、まさに時期を得た幸先の良い国際社会への船出でした。その理由はすでにヨーロッパ文明の中に将来日本が進むべき道が示されていたからです。それを見習い、各国のお仲間に入れてもらうことが最短の一等国への道でした。

一等国への道を急いだのは、列強による日本の植民地化を防止することが一つの目的でした。一番の理由はアヘン戦争により日本にとっては大国である中国がイギリスに敗れたことです。これを知った江戸幕府には戦慄が走り、武士たちは

開国派、攘夷派のいずれにせよ国を守るために東奔西走、喧々諤々の理論を展開、両派の武力衝突にまで発展しました。

この一等国へ到達するためには、官民一体となって国家的なスローガン「追いつけ追い越せ」で自己叱咤しつつ目標達成のための原動力としました。この言葉にひたすら忠実であり、身を粉骨砕身してお国に尽くすことが国民の「美学」となりました。この美学の追求行動が「誠」で、国家の最高の道徳観念になりました。

その結果、日清戦争日露戦争第一次世界大戦といずれも当時の先進大国との戦争に打ち勝ちました。アジアの未知の小国日本の連勝に次ぐ連勝には世界中が驚きをもって注目しました。この結果軍事的には欧米列強国の中でしかもアジアでは唯一の国として一等国の仲間入りができました。

しかし「追いつけ追い越せ」でどうしても避けがたいのがアメリカの存在でした。

ヨーロッパとは大西洋をはさんで遠い対岸にあるのがアメリカです。多くの面でヨーロッパと共通しておりヨーロッパとは仲間意識がありましたが、日本は全く文明文化さらに人種的にも彼等とは異なる国でした。しかも彼等白人は伝統的に黄色人種は劣った人種であり、支配されるべき人々であるという従来の彼らの概念を覆したのが日本でした。列強諸国の中で唯一の一等国日本は、ヨーロッパの手国主義的見地に従えば、アジア諸国を配下に置く権利があり、それによって欧米のアジア進出を阻止することが当然であるとの思想が生まれました。

日本から見ればヨーロッパは古い伝統に基づいて成熟した国家群でした。一方日本も2300年余の古い歴史を持った成熟した国家でした。しかし当時のアメリカは独立したばかりの若い国家であり、未だ国家全体としての統一がなされておらず、拡大と統治の途上にありました。日本はヨーロッパを師と仰ぎました。しかし国力発展ではアメリカを未完成競争相手と看做しました。精神的には日本はヨーロッパと同一もしくはそれ以上にあると自負していました。しかし工業的国力の競争となると、このエネルギッシュな若い国との対峙は避けられぬものと早くからみなされていました。

ヨーロッパから見れば日本と同じ新興国であったアメリカが19世紀後半から徐々に国力を増し、列強の中でも世界のリーダー的存在になることは目に見えていました。もう一つ日本が恐れたのはアメリカの東進論です。メキシコ領であった西部地域を武力で割譲させ大西洋から太平洋岸までを自国領土にしました。さらに1898年にはハワイを併合、同年にスペインとの戦争に勝ちフィリピンとグアム島を獲得しました。このアメリカの東進はいずれ日本にも及ぶもかもしれないと日本のリーダーたちは恐れました。

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1-1

日本は欧米の帝国主義的侵略に脅威を抱き富国強兵を急ぎました。

昨日のblogでお話ししたように、ヨーロッパの諸国間で国際化が進展する状況下で、1854年の日本の開国がたとえ偶然であったとしても、まさに時期を得た幸先の良い国際社会への船出でした。その理由はすでにヨーロッパ文明の中に将来日本が進むべき道が示されていたからです。それを見習い、各国のお仲間に入れてもらうことが最短の一等国への道でした。

一等国への道を急いだのは、列強による日本の植民地化を防止することが一つの目的でした。一番の理由はアヘン戦争により日本にとっては大国である中国がイギリスに敗れたことです。これを知った江戸幕府には戦慄が走り、武士たちは

開国派、攘夷派のいずれにせよ国を守るために東奔西走、喧々諤々の理論を展開、両派の武力衝突にまで発展しました。

この一等国へ到達するためには、官民一体となって国家的なスローガン「追いつけ追い越せ」で自己叱咤しつつ目標達成のための原動力としました。この言葉にひたすら忠実であり、身を粉骨砕身してお国に尽くすことが国民の「美学」となりました。この美学の追求行動が「誠」で、国家の最高の道徳観念になりました。

その結果、日清戦争日露戦争第一次世界大戦といずれも当時の先進大国との戦争に打ち勝ちました。アジアの未知の小国日本の連勝に次ぐ連勝には世界中が驚きをもって注目しました。この結果軍事的には欧米列強国の中でしかもアジアでは唯一の国として一等国の仲間入りができました。

しかし「追いつけ追い越せ」でどうしても避けがたいのがアメリカの存在でした。

ヨーロッパとは大西洋をはさんで遠い対岸にあるのがアメリカです。多くの面でヨーロッパと共通しておりヨーロッパとは仲間意識がありましたが、日本は全く文明文化さらに人種的にも彼等とは異なる国でした。しかも彼等白人は伝統的に黄色人種は劣った人種であり、支配されるべき人々であるという従来の彼らの概念を覆したのが日本でした。列強諸国の中で唯一の一等国日本は、ヨーロッパの手国主義的見地に従えば、アジア諸国を配下に置く権利があり、それによって欧米のアジア進出を阻止することが当然であるとの思想が生まれました。

日本から見ればヨーロッパは古い伝統に基づいて成熟した国家群でした。一方日本も2300年余の古い歴史を持った成熟した国家でした。しかし当時のアメリカは独立したばかりの若い国家であり、未だ国家全体としての統一がなされておらず、拡大と統治の途上にありました。日本はヨーロッパを師と仰ぎました。しかし国力発展ではアメリカを未完成競争相手と看做しました。精神的には日本はヨーロッパと同一もしくはそれ以上にあると自負していました。しかし工業的国力の競争となると、このエネルギッシュな若い国との対峙は避けられぬものと早くからみなされていました。

ヨーロッパから見れば日本と同じ新興国であったアメリカが19世紀後半から徐々に国力を増し、列強の中でも世界のリーダー的存在になることは目に見えていました。もう一つ日本が恐れたのはアメリカの東進論です。メキシコ領であった西部地域を武力で割譲させ大西洋から太平洋岸までを自国領土にしました。さらに1898年にはハワイを併合、同年にスペインとの戦争に勝ちフィリピンとグアム島を獲得しました。このアメリカの東進はいずれ日本にも及ぶもかもしれないと日本のリーダーたちは恐れました。

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一等国 #植民地化 #アヘン戦争 #欧米列国 #東進論 #新興国

171)13. 1Rグローバルパーソンの「ヨーロッパに追いつけ追い越せ」2025年5月13日 福田復彦

1.

明治維新政府はヨーロッパ各国の「いいとこどり」をして近代国家を建設しました。

ブログの163から165で「追いつけ追い越せ」日本精神論を書きましたが、当時のヨーロッパの状況と日本の関係を見て行きます。明治維新の頃の日本のリーダーたちは「ヨーロッパの精神よりも優れた日本の精神文化にヨーロッパの物質文明を接ぎ木すれば、その成長は驚異的である」と考えていました。和魂洋才とは日本の思想とヨーロッパの技術を一体化することを指します。

19世紀後半のヨーロッパ諸国は、国家制度も整備され近代国家の様相の確立を完成しつつある時代でもありました。それまですべてを支配していたキリスト教が可視化の社会から排除され精神文明は地下水化してしまいました。その結果両者の分離が起り、宗教なくしての物質文明としての社会発展の成功が証明されました。

物質文明だけが発達したヨーロッパを見ることは日本にとって極めて都合の良いことでした。なぜならば教義に大きな差異がある両者の宗教に関して優劣を争う面倒な議論する必要が全くなかったからです。

このような環境下でヨーロッパの効率的な合理主義を追及をするためにはきわめて良好で利便性の高い文明で、日本の発展のためにもあらゆる面で「いいとこどり」ができたと言っても過言ではないでしょう。

例えば、刑法や民法はフランス、海軍は英国、医学はドイツ、陸軍は幕府が見習ったフランスを捨ててドイツに切り替えました。また憲法もドイツを採用しました。全てがつまみ食い的でしたが、全部を混ぜ合わせて日本に都合の良い文明を作り上げました。ちょうど遣隋使や遣唐使がバラバラに持ち帰った中国文化を全て混ぜ合わせて、いわゆる国風文化を完成させたと同じようでした。日本人は他国の文化を特有な自国文化に変えてしまうことには天賦の才能があるようです。

当時ヨーロッパは帝国主義が盛んでしたが、幸いにも幕末の混乱時でさえどこの国からも支配を受けず、彼らの知識や経験を吸収するには絶好の機会となり、後に欧州列強と互角に富国強兵政策に基づく帝国主義国家建設の推進に役立ちました。

また当時ヨーロッパ各国は近隣諸国の主権と独立を認め合い、正式な国際、軍事、外交関係などを樹立していきました。そのために数多くの国際条約が諸国間で締結されました。下記にその例としていくつかの条約名を挙げておきます。

1850年英仏間に海底電線敷設、1851年ロンドン世界博覧会、1865電送連合

1860年英仏通商条約、1864年国労働者協会、1866年大西洋横断海底電線敷設、

1867年パリ世界博覧愛(日本発参加)等。

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明治維新 #和魂洋才 #帝国主義 #富国強兵政策 #国際条約

170)13. 1Qグローバルパーソンの「神と天職」ヨーロッパ人のアイデンティティ2025年5月12日 福田復彦

1-1

現代社会では限りなき利益追求に制限を掛けられるものはありません。

産業人の利益追求が大きくなるに反比例して、神に対する畏敬の念は薄れて行きました。従来の考え方では、人々は、利益追求は神の教えに背くことであり、それには神罰が下ると恐れていました。当初は恐れながら少しずつ利益を増やしていきましたが、ある程度まで来ると神罰が下る様子がないと分かって、一挙に欲望に基づくままに利益の追求に走りだしました。

この姿が資本主義を基軸とした近代ヨーロッパの幕開けとなり、貧富の差が拡大し、強者と弱者が生まれそれに伴い、社会全体の体制や、制度などが再構築されました。またその反動としてマルクス・レーニン主義が台頭し共産主義国家も誕生しました。その結果、神無き20世紀が始まり世界の超大富豪100人が莫大な富を手中に収める一方、貧しい多数の人々が餓死と隣り合わせという悲惨な状況の下で暮らしています。

実社会から切り離され支配権を失った神は、哲学、文学、芸術の分野などのヨーロッパ精神文明の大きな地下水脈として流れ込みました。しかし政治的、経済的に力のある者たちの我欲が作り出した混迷する社会の前ではすでに神は無力のように見えます。

人が神の下で永遠の命を得るために、デカルト的思考に従うならば「神は絶対者である。自分の存在は疑う余地はない。世の中の全ての事柄を理性で疑い、そこから真実なものを発見する」ことでしょう。

その真実として見つけ出されたものが天職です。彼らは、天職は理性によって獲得されたものであるがゆえに、合理的にそれを使用すれば神の恩寵に与かり、天国で永遠の命が与えられるという考えに至っています。つまり天職は、天国行の唯一の手段で、旧約聖書による「額に汗して働いている」ことを神に認められれば、永遠の命が与えられると信じているのでしょう。

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産業人 #利益追求 #神無き20世紀 #貧富の差 #天職 #絶対者